91年のアルバム『21』の成績が振るわず、また、次作と目されていた『STONE OF SISYPHUS』が94年にお蔵入りするなど、90年代前半のシカゴをめぐる状況はきわめて厳しいように思えてなりませんでした。
意のままにならないシカゴは、ついにレーベル移籍を敢行します。つまり、上記『STONE OF SISYPHUS』の発売を見合わせたリプリーズ(『19』、『20』、『21』を製作)を去り、同じワーナー傘下のジャイアントに移ります。このジャイアントですが、そこの社長は以前フル・ムーン(『16』、『17』を製作)にいたアーヴィング・エイゾフでしたので、おそらくは彼を頼ってのことと推察されます。
このような状況の下で、95年に突如姿を現したのが、本アルバム『ナイト・アンド・デイ〜ビッグ・バンド』です。もちろん、ジャイアントで製作したものです。
ナンバー・タイトルを踏襲しなかったのみならず、メンバーの自作曲も含まない、驚きのカバー・アルバムでした。
具体的には、古き良きビッグ・バンド時代の作品をシカゴ風にアレンジした曲が収録されています。てっきり、次のアルバムは『22』ないし『STONE OF SISYPHUS』と命名されるであろうと予想していた多くのファンの度肝を抜く、まさに予想外の展開でした。
しかし、思い起こせば、シカゴはそもそも“ロックン・ロール・ウィズ・ホーンズ”というホーン・セクションを主体としたショウ・バンドを目指して結成されたのです。
そして、このホーン・セクションは、ビッグ・バンドにとって必須の楽器でもあるわけです。そのシカゴ・ホーンズのうち、ウォルターやリーは何よりもまずこれらビッグ・バンドの奏でる楽曲とともに少年期を過ごし、また、ジミーも高校時代はジャズ志向の活動に没頭していました。従って、総じて言えば、グループの原点回帰的な性格を持ち合わせた作品と評価できるでしょう。
個人的には、このアルバムについて、「よくぞやってくれた!」と思ったのを覚えています。正直、80年代のシカゴに対しては、初期の頃にあれだけ縦横無尽に活躍していたホーンの音が薄れていたせいか、私自身どこかもどかしさを隠せずにいました。
しかし、この『ナイト・アンド・デイ〜ビッグ・バンド』では、そのホーン・セクションが大復活を遂げ、シンセを最小限に抑えた、生の楽器の味わいをフルに活かしているため、まさに私をカタルシスへと導いてくれたのです。
ですから、シカゴは知らなくても、ジャズやビッグ・バンドをたしなまれる方にもぜひにもおすすめしたい1枚です。
ちなみに、『ナイト・アンド・デイ〜ビッグ・バンド』の国内盤のライナーでは、メンバー個々のビッグ・バンドとの関わり合い、エピソードに触れることができます。
ところで、“ビッグ・バンド”とは、誤解を恐れずに言えば、基本的には、ホーン・セクションを構成する、サックス、トロンボーン、トランペットの大所帯と、これにピアノ、ベース、ドラムなどの少人数が受け持つ楽器を合わせた編成のバンドのことを指すようです。そして、その演奏曲目は、オーケストラの奏でるクラシックよりも、もっとくだけたジャズ志向の楽曲が中心となります。本アルバムにも収録された"イン・ザ・ムード"や"A列車で行こう"など、聴けばすぐ「ああ、これか!」と思っていただけるはずです。このビッグ・バンドは1930年代から40年代にかけて黄金期を迎え、後年に至り、いつも古き良き時代の象徴として語られるようになります。もっとも、現代ではもっとフレキシブルなものもレパートリーとなっているみたいです。
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