シカゴというバンド名は知らなくても、この"素直になれなくて"のメロディを聴いたことがある方は多いのではないでしょうか。とくに近年では、車や化粧品、電力会社のCMでも頻繁に流れていたので、ご記憶あるかと思われます。
また、この美しいバラードは、バンドにとっても非常に大きな意味を持つ曲となりました。
77年11月、シカゴは、金銭面・製作面での亀裂から、プロデューサーのジェイムズ・ウィリアム・ガルシオを解雇。さらには、翌78年1月、バンド結成の当初から中心的な役割を果たしてきた、テリー・キャスを拳銃の暴発事故のために喪失。歯車が狂ったシカゴは、ここから急激に失速し、いわゆる冬の時代を迎えます・・・。とくに79年から81年にかけての活動状況の低調さには目を覆うものがありました。
そんな中で、シカゴは82年、アルバム『ラヴ・ミー・トゥモロウ(シカゴ16)』のプロデュースを、のちに名プロデューサーとして名を馳せる、デヴィッド・フォスターに託し、また、新メンバーとしてビル・チャンプリンを迎え入れます。この新風が功を奏し、アルバムは久々に好成績を収めます。
そして、その復活の原動力となった、この"HARD TO SAY I'M SORRY / GET AWAY"は、76年の"IF YOU LEAVE ME NOW"以来、実に6年振りの全米NO.1を獲得します。今でこそ6年というのはたいした年数ではないかのように見えますが、当時の落ち込み様からすると、甚(はなは)だ奇跡的で、まさに起死回生の1曲と位置付けるのもあながち過言ではないでしょう。
また、同曲は映画『青い恋人たち(SUMMER LOVERS)』でも使用され、話題となりました(曲の方が)。なお、ロバート・ラムによれば、この曲はアルバム用に用意された曲であって、映画のために書かれたものではないそうです。従って、映画の方が後ということです。
ところで、映画中に使用されたバージョンは、とても興味深いものでした。まず、複数の箇所においてエディット処理がみられます。そして、なんと!後半の"GET AWAY"への橋渡し部分のブラス・アレンジメントがアルバム・バージョンとまったく異なっているのです。ライヴで披露される形態ともちょっと違っています。この編集はとても面白いな、と思いました。別テイクと言っていいでしょう。
曲は、恋人から別れを告げられるが素直には受け入れられない男の話です。相変わらずの優男(やさおとこ)振りは"愛ある別れ"路線を順調に踏襲しています。
しかし、この"素直になれなくて"では、≪Hold me now≫、つまり、≪抱いておくれ≫というキーワードが入っているため、"愛ある別れ"において男がもっぱら説得的発言に終始したのとは異なり、相手方に行為を求めている点に特徴があります。さらに、今度は、≪自分から「ごめんね」とは言えない≫、ちょっとばかしカッコ付けした主人公像が描かれています。
この点、たしかに、この先2人はヨリを戻して行くようにも思えます。
しかし、この彼女が急に翻意(ほんい)するとはちょっと考えにくいのではないでしょうか。結局は、主人公の勝手かつ希望的観測の入り混じった絵空事的な願いととるのが無難かなと思いました。但し、この辺は意見が分かれるかもしれませんね。
さて、その歌詞については、ピーターお得意の韻を踏む作風がここでも出ています。
……a little time away
……I heard her say
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それにしても、ここに出てくる≪Hold me now≫や≪After all≫といった語句を発声するピーターのハイトーン・ボーカルには男の僕でも惚れ惚れしてしまいます。稀代のヴォーカリストたる所以(ゆえん)でしょうか。
ところで、ピーターは、この曲について、
86年のラジオ「全米TOP40」内で放送されたインタビューで、次のようなことを語っています。
「この曲は家に帰る車の中で思いついて考えた曲なんだ。家に着くと、頭の中に思い描いていた曲というのを実際に弾いてみて、それから1週間かけてメロディーを書き上げたんだ。この曲が出来た時は僕自身本当にハッピーだったよ。今でも、この曲は僕の好きな曲のうちの1つなんだ。チャートでも1位になったし、随分長い間チャートインしていたんだよ」
なお、後半を飾るアップ・テンポな曲"GET AWAY"ですが、これはもともと別の曲でした。
"GET AWAY"の共作者でもあるロバート・ラムによれば、「この"GET AWAY"は"SACHA"からの引用だった」というのです。
これには驚かされました。というのは、"SACHA"自体は、てっきり99年発表のソロ・アルバム『IN MY HEAD』用に書かれた曲と思われていたからです。それが、82年の『16』セッション時にすでに提出されており、しかも、日の目を見たのは17年も後だったというわけです。ですが、当の"SACHA"の歌詞には、"GET AWAY"に出てくるような節がまったくありません。この辺は、実に不思議なところです・・・。
とにもかくにも、"SACHA"は、ロバートの愛する愛娘サーシャに捧げられた曲です。ですから、ロバートの言うように"GET AWAY"が"SACHA"の一部で、"HARD TO SAY I'M SORRY"に付加されたとしても、両曲の間に意味上何らかのつながりはない、ということになってしまいそうです。
ところで、この曲の結合について、ロバートはこうも述べています。「『16』にはほかに自分の作品がなかったので、デヴィッド・フォスターとピーター・セテラがこのような措置をとってくれて嬉しかったですよ」と。
さて、後年、97年になって、ア・カペラ・グループAZ YETが突如として、この"HARD TO SAY I'M SORRY"をカバーし、見事ヒットさせます(97年5月3日、第8位)。このシングル・バージョンには、なんと、ピーターの声がフィーチャーされていたのです。
但し、彼らAZ YETのデビュー作『AZ YET』に収められていたアルバム・バージョンには、ピーターのヴォーカルは入っていなかったので、ご注意ください。
このようなアルバム・バージョンとシングル・バージョンでの違いは、以下の経緯に由来しています。
まず、AZ YETは、当然自分たちのアルバム用に、この曲のカバーを吹き込みます。
ところが、このカバーの件をのちに知ったデヴィッド・フォスターが、彼らにリミックス・バージョンの製作を自ら持ちかけます。この提案にAZ YETのメンバーは興奮しまくり、1000分の1秒の速さで「イエス!」と超即答したそうです。
その結果、デヴィッド・フォスターがピーターのヴォーカル部分をサンプリングした、「DAVID FOSTER'S REMIX featuring PETER CETERA」という名義のシングル・バージョンが完成します。そして、これがヒットしたというわけです。
なお、このAZ YET版のシングル・バージョンについては、コンピレーション物で見かけることがあります(例:『Kiss 〜 for million lovers 〜』)。ご参考までに。
記憶違いかもしれませんが、AZ YETのこのときのプロモーション・ビデオは、ピーターの声がフィーチャーされていないアルバム・バージョンを元に作られていたように思います。
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